日本人なら誰しもが歌える、国家「君が代」。
この歌の元は恋文、つまりラブレターだったということを知っていましたか?
おそらく、ふと疑問に思ってこのサイトにたどり着いたことでしょう。
歌詞を現代風に訳したうえで、わかりやすく解説していきます。
現在の歌詞
君が代は
千代に八千代に
さざれ石の巌となりて
苔のむすまで
改めて見てみると、なんとなくわかるようなわからないような・・・という感じです。
この歌詞をを現代語訳していきます。
現在の意味
私たち(天皇)の世が
千年、万年と永遠に続くよう
皆が協力し合い
固い絆を結びついでいこう
歌詞をそのまま訳した場合、この内容になります。
要するに、
を歌にしています。
日本らしさが出ている、温かみのある歌ではないでしょうか。
しかし、これは現代における解釈であり、元々は別の意味がありました。
古今和歌集での意味
君が代の初出は、西暦794年頃、平安時代にさかのぼります。
歌人である、
- 紀友則(きのとものり)
- 紀貫之(きのつらゆき)
- 凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)
- 壬生忠岑(みぶのただみね)
の4人によって、さまざまな短歌を集め編集し、書として天皇に献上されました。
その書は、古今和歌集と名付けられました。
その古今和歌集のひとつに、「君が代」の元となった短歌があるのです。
我が君は
千代に八千代に
さゞれ石の巌となりて
苔のむすまで
この短歌は読んだ歌人は名前が公表されず、詠み人知らずとして扱われていました。
しかし、この短歌が朝廷に認められたことで、歌人は「藤原朝臣石位左衛門(ふじわらのあそんいしいざえもん)」という名前を授けられました。
そして、この短歌を「我が君は」から内容を繋げていくと、特別な相手に対する想いが込められていることがわかりました。
あなたを愛おしく思っています。
何千、何万年もこの気持ちは変わりません。
例えるなら、
小さい石が集まり、
やがて大きな岩の塊となり、
さらに苔で覆い尽くされたとしても。
深い愛情を感じる内容になりました。
好きで好きでたまらない、といった思いを感じます。
そうです。
平安時代のラブレターが、千年の時を越えて変化し、現在の君が代になったのです。
日本の国歌「君が代」に込められた想い
平安時代から現代にいたるまで、歌詞の変化や内容の変化がありました。
しかし、この国歌「君が代」に込められたテーマがぶれることはありませんでした。
そのテーマは、
日本の国歌「君が代」は、
人を愛する、助け合う気持ちが詰まっている素敵な歌なのです。